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テンプレ-トを変えてみました

新年度も近いし、少し気分を変えてみました。

  テンプレートを変えたら、付随して、文字サイズが小さ過ぎたのを改善できました。  ちょっとご機嫌です。
  ここの記事が余りにも断片的で、別の切り口から眺めたい方は、別の BLog へ!


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(東)十四ノ坪

  今日、もう一つ橋梁名を見つけました。  吉備線沿線です。   


  吉備線の列車が岡山駅を出て、2つめの踏切は、前にも記した「二ノ橋踏切」 です。  その北西隅で「十四ノ坪橋梁」のプレートを確認しました。  溝が殆んど隠れていて、コンクリートの塊だけが露出していたので、「橋梁」とは思いませんでした。
  
その直ぐ西に「開きょ」があって、以前に名称を探ったのですが、成功しませんでした。  「二ノ橋」の名称が気になっていたのですが、どうやら、ここで、2つの溝が合流していることに由来するようです。  片方は完全に東西の坪線だと理解されますが、南北のラインは厳密には坪線ではありません。


  「二十四ノ坪」は、永山地図では、「東二十四坪」に相当しそうです。   また一つコレクションが増えました。

枕上/鞍上/厨上/厠側

  妙案の生ずるところ・・・ 三つ目、四つ目は怪しいが・・・


   昨朝「考える人」のポーズで、思いつきました;-
  今、岡山市街地で「メッシュ」を見出そうとしている作業を、それが古代のものであれどうであれ、他の場所で試みたらどうなるか?!
  一つの試みは、奈良盆地でテストしました。  それほど質的に違う収穫はありませんでした。  近現代メッシュに当てはめたら? というのが昨朝の着想です。  近現代に創られたメッシュで可能な作業だとしても古代のメッシュに適応できるとは限らない。  一方、近現代に適用失敗したら・・・古代に適応できるはずが無い!!  相当厳しいチェックです。
  最初に想定したモデルは、「札幌」でした。  今朝になって、Web地図の中でで早速飛んでみたら、・・・ 札幌のメッシュは、イメージに反して東西南北の方位が随分傾いていました。  それなら、「旭川」は?  矢張りそれほど綺麗ではありません。  原理的には正方位(に近いもの)は必須ではありませんが、作業としては煩雑になります。  さて?!
  加えて、札幌にせよ旭川にせよ、条と丁の間に随分小路があるようで、かつ、道路幅も結構広くて、本来のメッシュを拾い上げるのが大変なように見受けられます。  さて、さて?


   それなら、岡山県南の「開拓地」で試してはいかが?  結論を述べると、いわゆる「藤田村」で試すことにしました。  0)方位は幾らか傾いているが、許容。  1)メッシュは明瞭!  2)用水と道(狭いものと広いもの)が交じり合っていて宜しい。  3)必要なら、現地調査が可能!!!   近々、経過を掲示します。
 

永山条里図読み直し

  下に、県立図書館に行ったことを書きましたが、併せて、「永山条里図」を少しだけ詳細に読み直しました。 
  4つめの収穫です。   なにしろ、膨大な著作なので、コピーすることも丁寧に読むことも困難です。  今回の目標は、岡山県南部地域の例で、「方位」に関して、結果的に、幾つぐらいに分類されているかをチェックしました。  明日にでもこの続きを書きますが、氏の作図に分度器を当てて、2~3度程度の精度で読んでみました。  概ねのところ、筆者が、先日書き上げたものと大差はないようです。


 

晴読雨考

  誤字じゃありません。  このところ、春の陽気は定まりませんから、晴れた日は、条里の筋目を読みに行ったり、図書館で調べものしたりです。


  雨の日は、思索にふけります・・・などと格好いいこと書いておきましょう。   今日は、晴れ上がりではなかったが、暖かい陽気だったので、県立の図書館で調べものしていました。  予め、Webで拾い出しておいた資料の現物に当たります。  3種類佳きものに出遭いました。  


  一つは、他の文献で名前を見ていた、井上和夫氏です。  新しい力作を借り出しました。  古代の都市構造と条里構造を併せて数値的に検証されているところを学びたいと思います。  氏にとっても、『109mゲージ』 の問題は完全には解決されていないようで、筆者としては妙に(?)安心しています。  <安心は可笑しいかな?>  


  第二は、少し古い書籍ですが、古代中世の技術論(工学)の論考で、「条理論」を狙ったたところ、その収穫はさておき「古墳の数理」の論文に出遭いました。  古尺の議論がなされています。  私としては評価は未だですが、字面を読む限りは、・・・ 条里制からさほど遡らないと思われるのに、古墳時代の尺度は天平尺では議論できないようです。  条里の論文では、分担執筆者の議論では、「『顕在条里』の下から『埋没条里』が発掘される事例」を指摘されていること、つまり、「条理成立時期」について時間の幅を持たせ、「施行主体」にも多様説を提唱してあると読み取れます。  また「菱形の区画」の例が示してあったのが大収穫でした。  方形にならない理由について、詳しい議論は見当たりませんでした。
 


  第三は、地元の研究家・植松岩實氏の論集に接しました。  岡山の平野部での旧河道の研究とそれに裏打ちされた用水溝から見た条里論と理解しておきます。  氏は、地図を徹底的に読みこなすことと、現地調査に重点を置かれることにおいて、専門家ですから筆者の及ぶところではありませんが、「現場百遍」を目指すことにおいて学ぶべきところが多い方です。
  大規模開発のみならず、小規模の開発でも地形が安易に改造されること、関連して地名が改変されることへの警鐘を鳴らしておられますが同感です。

方位感覚 つづき

  直前に書いた中で、「真東」を太陽に依存して決めるのは難しい・・・という主旨は伝わったでしょうか?


   いにしえ人が、「直角」をどのように作っていたかにも大きく依存します。  今の知識から遡って推測すると、直角を実現するには、大別して、2つの方法があります。  ひとつは、手許の道具で作り出すことです。  例えば、コンパスあるいはぴんと張った一本の縄。  これで、「菱形の対角線は直交する」定理を使います。  「縄」を使う、異なったバージョンは、私が夢想して、その後書物の中で読んだ話が、「ピタゴラスの定理 3:4:5」です。  書物に依ると、「12個の結び目を持った縄のリング」だそうです。   

  大別の2つめは、北辰と太陽を使う方法です。  北辰の方向で「南北」を定めます。  晴天の夜なら容易にできます。  次に、「鉛直」の立てた棒の影を地面に写し取ります。  南北が判っていますから、その前後で影の長さが同じとき(午前と午後)の影の先端を結べば「東西」が得られます。  晴れた日ならば、季節に拘わらずできます。
  原理的には南北がなくても決まりますが、完全な鉛直と完全な水平面が作れないときには、精度が極端に悪くなります。  つまり、予め南北線が定まっているなら、「影が同じ長さになり、且つ、影と南北線との角度が等しい」条件を探れば精度が上がるからです。  つまり、「日(太陽)時計」の原理の一部分だけの導入です。
  ここで、時計のことを、再び、書いておきましょう。  近現代の意味で天文学を確立するには、「時間差」だけでなく、「時刻」を読み取る時計が必要になります。  水時計や砂時計は前者の読み取りに適した装置です。  「日時計」は、方位が定まったときに、はじめて、「時刻」を示し得るのです(水平と鉛直の設定技術は必要!)。  つまり、「方位」を決めることと「時刻」を読むことは、裏表で、お互いに補完・従属的な技術なのです。


   このように見て行くと、北辰と太陽に頼り切った技術では、「正方位の」メッシュは容易に創れますが、たとえば30度も傾いたメッシュは作成困難です。  仮に、「東西」を特定の季節の(あるいは特定の山頂からの)日の出に依存するとしたとき、「南北」の決定を星に頼ることはできません。



   いま、筆者は、菱形のメッシュは存在しないものか? 本気で捜しています。 つまり、南北が正方位で、東西が春分・秋分以外の日の出に依存している例が存在したら新しい「定説」が生まれます。

古代人の方位感覚

  昨日、東讃岐を歩いたには、水利技師・弘法大師に会いに行く気持ちもありました。  ですから、山嶽地を選ばずに、平地を目指したところがあります。


   往き道の列車の中で、いにしえ人の方位に対する感覚や、その測り方を考えていました。  直角の作り方には、先に記した、
  1)紙(布)を2回畳む、
  2)コンパス様なもので作る(菱形の対角線は直行する)、
  3)[仮説ながら]3:4:5の三角形による ・・・などが考えられます。  
一旦、南北軸が決められたら、
  4)朝方と夕方で、太陽の影の長さが等しくなったときの影の先を繋ぐ・・・ 
方法もあり得ます。  この方法では、時刻として正午が判る正確な時計があれば、南北軸も決めることができます。  この、時計と天文学の後先を巡る論議は、いたちごっこですから、時計=日時計は少し後で確立される知識としておきます。(現代人は当たり前だと思っていますが、時計の役割には、「時間差」を知ることと「時刻」を知ることの2つが要求されるのです。 水時計は、かなりの精度で「時間差」を教えますが、「時刻」は教えてくれません。)


  さて、「春分・秋分には太陽が真東から昇る」 ということは、基本的経験則として古くから知られていたとするのは常識でしょう。  しかし、わが国のような山や丘に囲まれた地形で、「日の出」/正確な 「春・秋分」/「夜と昼の長さが同じ」 がどのように認識されたかは疑問です。  特に、「渡来人技能者集団説」 では、「渡り職人」が各地固有の状況をどう織り込んでいたのでしょう?
  それに対し、「夏至」/「冬至」 の認識はもう少し判り易く、一般農耕者にも早くから判っていたでしょう。  実は、このことに昨日気づきました。  つまり、日の出の方位が 「北」 にずれる、その極限が 「夏至」 で、「南」にずれる極限が 「冬至」 です。  単なる計測論からしても、「平衡点」 は決めがたいが、「極限点」 は決め易いのです。


  この稿の小さい結論は、方位の決定には
  A)北辰による南北軸決定、を第一の手法とし[これなら、2~3夜待てば決定できる]、次の順位として
   B)「夏至」/「冬至」の知識を基準として東西軸を決める・・・ その後何らかの方法で直角の技法を適用する・・・ であった。  恐らくそうだったと暫定結論するのです。

八十七番・長尾寺

  訪問したページを間違ったかなと思われました?


  天気の良い日曜日、讃州・長尾の八十七番寺に参りました。  正確には、その先、納め寺までの道半ばに前山ダムがあって、その畔の 「野仏百体」 と称せられる野の仏たちに遭いに行ったのです。
  ここに書いた理由は;-  かつて書いたように、条里の時期も弘法の時代も殆んど同じ刻なのです。  しかも、大師は、冶金 (探鉱採掘)・治水に知識豊富だった 「博物学者」 であっと理解されている側面もあります。  大いに縁があります。  歩き初めの駅は高徳線・造田・・・ この名前が既に妖しい。  歩いてみると、この「造田駅」のごく近傍は道筋が乱れて、「条理遺構」 というのは難しいかもしれません。  が、南に進んで 「長尾」 に近付くと 「造田」 の字名を冠するところで、方格が始まります。  長尾の集落周辺から 「前山ダム」 に至る途中は、かなり精密なメッシュが認められます。  ただ、「鴨部川(かべがわ)」 と支流は小さいながら勾配もきつく、歴史上暴れたのでしょう、ラインは相当乱れていました。
  帰宅して、改めてWeb地図を調べると、長尾寺を挟む南北700~800mのベルト地帯は東西2km以上に亘って読み取る意味があるほどに、保存されています。  モジュール概算値としては109.8mが得られました。


   平地の寺、八十七番長尾寺は、おおよそ一坪の中にスポッと納まっていました。
条里研究の先達で存命の方のお一人、高重進先生は、この町の西隣に由縁のある方で、今そこにお住まいのはずです。  筆者としても過去にご縁があったので、時期をえらんで教えを受けたいものです。


メッシュの方位

  メッシュの方位がどのように選ばれるのか?  南北以外に選ぶべき基準があるのか?  地勢の状況から南北以外を選ばざるを得ないとき何を拠り所にするのか?  などについて、以前にも少しだけ考察しました。

  学界では議論されているのでしょうか?  定説ではないが、この議論に関して、Webの中に、2つほど面白いことを見つけました。
  一つは「太陽の道」説です。  説の文字を「 」の中に入れなかったのは、筆者の価値判断で、今のままでは「説」未満で、「太陽の道」の概念がユニークだと言うことの印象が強いからです。  徒に面白がるだけではアンフェアなので、私なりに、この提案の要点を書いて見ます。(誤解があったらゴメンナサイ);-
  この議論の要点は2点セットのようです。  1)「北緯34度39分」は聖なるラインで、この上に「磐座(イワクラ)/岩倉」や古代神道の遺跡が存在する。<±20分ほどの幅を持つ?>  吉備のクニでは顕著だが、西日本では多くの里がある。  2)この線上では、夏至の日の出が真東から北30度に昇る。 <簡単な計算で出てくることだが、筆者は未検定。 実測もしていない。>
  この論議がメッシュの方位が+30度(反時計回り)の決定根拠として主張されています。  たとえば、吉備の中山周辺の例です。

  Webの中で見つけたもう一つの興味ある話題は、古代の人はエジプトから伝来した、「12の結び目を持つ縄の輪」を持っていたとする説です。  わが国に伝来して、「24の結び目」に改良されたとも。
  さて、整数論として面白いのは、この輪を(縄でできているところが大切)「3,4,5の長さを保ってピンと張ると直角三角形ができる」というところです。  オマケとしては、4,4,4で引っ張れば正三角形ですね。
  この話は、『「ピタゴラスの定理」を知っていたのか?』と書いてしまった筆者としては見逃せないのです。

  このようなことがありますから、岡山の南部地域で「メッシュ構造」を持つところを拾い出して傾斜角を測ってみました。  そのとき、「条里構造」かどうかの認定は問題ですが、A)明らかに新田開発である。 B)(一丁幅を持っていても)長方形などで議論が難しい。 C)10区画未満の狭い範囲である。 D)歴史的に推測されてもメッシュの乱れが大きすぎる。 などを除外しました。  隣接する地域で、一体と見るか別物と見るかなどの厳密な議論もできていません。  また、明瞭な条理遺構(◎)と教科書的でないもの(○)を一応区別しました。
  傾斜角をおおむね10度刻みで出現頻度をグラフのように表したのが下の表です。  数値は○を1点、◎を2点としてみました。  角度は、反時計回りを「+」としています。

  +30度  ◎◎◎◎○○   10点  平津、一宮、足守、川辺 
  +20    ○○○○     4
  +10    ○○○       3
    0    ◎◎◎◎◎○○  12  岡山市、城東(上道)・宍甘、湯迫、矢掛三谷、総社上原
  -10    ◎○        3   邑久(千町平)
  -20    ◎         2   西隆寺
  -30    ○         1
  -40    ○○        2

  数理科学的には、円グラフ(星形グラフ)で表現するのが良いのでしょうが、今は省略します。  また、『円環統計』の考え方を用いると、各方位に対する「選択の意志の強さ」を推定できますが、今はしません。  このようなこの結果から直ちに強い結論を述べる積りはありません。  地勢的な考慮を全く施していないからです。
  ただ言えることは、「正方位」は強く意識されていること、「真東から30度(程度)北」の例も多いということです。  近い将来の課題としては、「30度(程度)」の中味を精査する必要があります。  筆者としては、「ピタゴラスの三角形=36.9度」の仮説には魅力が(未練が)あるのです。

  なお、◎を付け地域名を上の表の後に付け加えておきました。

県営グラウンド発掘中

  今、県営グラウンドの旧体育館跡地前(東)で小さい発掘調査が行われています。(県所管)    注目しています。


   概算で、南北25m、東西20m程度のトレンチというには大きめで、本格発掘には小さめです。  南北坪線が掛かる可能性はありませんが、東西坪線(Y=-3ライン)が、発掘穴の北端部分に掛かる可能性がかなり高いので注目しています。  25m幅で掘ると、存在するものならば、確率25%程度で引っ掛かるのですけど。   誰でも見学できる状態で行われていますから、要チェックです。


  数回、通って見学しましたが、特別なものは出なかったようで、3/17に撤収が始まっていました。 [06/03/18追記]

統計処理のこと

  統計学者に叱られるかもしれませんが、筆者は『統計学とは、ものの映像を一枚の鏡に映して、クリヤーに提示するもの(手段)』と考えています。


   所詮、サイエンスや実用・応用数学は人間の思考世界を含む自然の切り口を提示するもので、『自然を説明する』、『真理を伝える』などという大層なものでないと考えます。  切り口次第では、白くも黒くも見えるものです。  いずれにも導けるのです。  言葉の上だけでこのように書くと一般人に誤解を招き、場合によっては、自然科学者や数学者から叱られるかもしれませんけど。
  難しげな議論は措いて、「平均値」「平均操作」について書いてみます。  集団の特徴を「平均値」で語ることはよくあります。  『中学3年生の平均身長』という数値は、ある意味では、判り易く有用な数値です。  しかし、一般には、「男子」と「女子」で別々に扱わねば意味がありません。  男女同権・均等と言っても、これだけは混ぜ合わせて「平均」してはほとんど意味がありません。
  さて、「収入の平均値」が殆んど意味を持たないことは皆さんの実感でしょう。  ここは経済学や社会学の意味で議論するのではなく、「コイズモノミックス」を批判する意味でもなく、ただ足して人数で割ったのでは、男子生徒と女子生徒の慎重を一緒に統計処理する以上に「統計学」の本意から離れます。  何の「切り口」をも提示しないからです。


  次に、『中3男子の身長の平均』 だけで、成長期の男子の身体状況が語れるでしょうか?  『同じく、平均体重』 を示すと、情報量が豊富になります。  しかし、「平均値」 は所詮 「平均値」 に過ぎません。  例えば、「身長値と体重値の組み合わせ」 でものを見ると、急に情報量が増えます。  身長と体重は、完全に無関係とはいえません。  よく似た体つきならば、身長が高ければ体重は重くなります。  ですから、「身長は平均より高いが体重が平均より軽い」 という情報が与えられると、急にイメージが膨らみます。


   もう一度、「身長の値」 単体の話に戻します。  身長の値を2cm刻みに分けて、相当する人数を数えてゆきます。  「分布」 正確には 「頻度分布」 が得られます。  この分布の中で、100人中何位か? という表現方法があります。  筆者としては、認めたくないし、話題にもしたくないが、「偏差値」 の考え方です。  「平均値」 だけ示すよりは、集団の特性を表現する情報が豊富になります。  身長と体重のそれぞれの分布、あるいは組み合わせの分布を作ってその中で表現すれば、外見的な身体特徴はかなりの精度で表現できます。


==  あまりいつまでも 「判り易そうな話」 ばかりしていてもいけませんから、「条里の数理学・統計学」 に話を戻します。   たとえば、条里のメッシュの交点の位置測定には、今のようにWeb地図/紙地図上で作業する場合、
   1A)設営時の誤差あるいは地形との兼ね合いの許容量
   1B)その後の自然的改変による誤差
   1C)その後の人的社会的改変による誤差
   2A)地図作成の限界の誤差(設計目標)
   2B)地図表現の限界の誤差
   3A)目標点(地表遺構)認定の判断誤差
   3B)ポインティングの誤差などが含まれるはずです。
 1)群、2)群、3)群それぞれに誤差をもたらす主体が違うわけでうから、「平均値」 を取る(採る)ことの危うさが理解できると思われます。   読み取り値から導き出す一次的数値は、今のところ 「メッシュの方位」 と 「メッシュの間隔」 です。  メッシュの方位は、定説では、3~5km程度の範囲では一種類と考えて良いとされています。  ただ、今の地域全体で言えば、南に 「鹿田の荘」、西に 「大安寺地域の荘園」 と接する辺りが問題です。
  メッシュの間隔に関しては、筆者自身が言い出した部分があるのですが、「里線」 と 「坪線」 のそれぞれが個別の幅(剰余幅)を持つかも知れないという問題も残っています。   これらのことを勘案しながら、出来るだけ判り易い手法を編み出す必要があるのです。  ただ、ものごとを単純化するためには、「平均値」 の役割は侮れないのです。

チョット思索の時間

  本当は数理解析の技術的なところに問題があるのだろうけど、・・・


  他方で、哲学と言えば大袈裟な、方法論の問題で時間を掛けています。   今、自分がしているのは何か?・・・ ということです。  数理的な意味の結論 (目標) だけを書いてしまえば、『最良で1m程度の精度の道具(手段)を使って、古代人のゲージが109mだったのか、108.5mだったのか? 109.5mだったのかを調べよう』としています。  「1mの精度」 は私の問題で、PC機器の限界で、Web地図/紙地図製作者の問題です。  向こう側の問題としては、いにしえ人が360尺を測るとき1尺にこだわったのか? その精度の 「縄」 を持っていたのか? 「直角 あるいは 方位」 にこだわったのか? 角度精度を保ちえたのか?  加えて、彼 (彼女) らは360尺で設計したのか? 360尺+α (あるいはβ) で設計したのか? の問題まで派生しました。
  精度だけの問題なら、多数このサンプル (データ) を集めて、数理操作 (統計処理) すれば、「1m」 の精度が 「0.3m」 にまで追い詰められるかもしれません。  そこを拠り所にしています。  が、一方で、データをたくさん集めれば真実が見えるかというと、恐らくノーです。  具体的に言えば、3km余り続く道が精度よく認定できたとしましょう。  現実にそれほど難しいことではありません。 109mゲージで言えば、30ポイントほどのサンプルが得られます。  「単純平均が意味を持つならば」、(統計学的には)・・・0.3mの精度は期待可能でしょう。


   湿地帯の中を 「縄」 を持って走り回る技術者集団を想像して下さい。  雪の中で、ヤード鎖を手繰るアメフットのオフィシャルを想像して下さい。  数インチ/一尺 の目標精度の差はあれど、彼はせいぜい30ヤードの中の世界、此は (多分) 2000尺の広がりを意識しています。  しかも、此は、長さの精度だけでなく、角度 (方位) の精度も要求されています。  そのとき、どちらが優先するのでしょう?  その答え次第では、数理操作(統計処理) で取るべき手法が変ってくるはずです。   具体的な試行については、昨日記載した、津山線を挟んで併走する 「幅が狭い道」 のモデルに戻って、別項で記載します。  このモデルでは、「道幅が狭いゆえに (昔の姿を残していると仮定して) 高々200m四角の空間で評価する」という手法だったのです。

プロフィール

ラスカル君

Author:ラスカル君
ブログ『極道』へようこそ!
予測を裏切る可愛い顔ですみません。
大昔、某私大の学生さんが、更に
20年前を想像して書いてくれた、
『Y教授の若い頃』

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