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八十七番・長尾寺

  訪問したページを間違ったかなと思われました?


  天気の良い日曜日、讃州・長尾の八十七番寺に参りました。  正確には、その先、納め寺までの道半ばに前山ダムがあって、その畔の 「野仏百体」 と称せられる野の仏たちに遭いに行ったのです。
  ここに書いた理由は;-  かつて書いたように、条里の時期も弘法の時代も殆んど同じ刻なのです。  しかも、大師は、冶金 (探鉱採掘)・治水に知識豊富だった 「博物学者」 であっと理解されている側面もあります。  大いに縁があります。  歩き初めの駅は高徳線・造田・・・ この名前が既に妖しい。  歩いてみると、この「造田駅」のごく近傍は道筋が乱れて、「条理遺構」 というのは難しいかもしれません。  が、南に進んで 「長尾」 に近付くと 「造田」 の字名を冠するところで、方格が始まります。  長尾の集落周辺から 「前山ダム」 に至る途中は、かなり精密なメッシュが認められます。  ただ、「鴨部川(かべがわ)」 と支流は小さいながら勾配もきつく、歴史上暴れたのでしょう、ラインは相当乱れていました。
  帰宅して、改めてWeb地図を調べると、長尾寺を挟む南北700~800mのベルト地帯は東西2km以上に亘って読み取る意味があるほどに、保存されています。  モジュール概算値としては109.8mが得られました。


   平地の寺、八十七番長尾寺は、おおよそ一坪の中にスポッと納まっていました。
条里研究の先達で存命の方のお一人、高重進先生は、この町の西隣に由縁のある方で、今そこにお住まいのはずです。  筆者としても過去にご縁があったので、時期をえらんで教えを受けたいものです。


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