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古代人の方位感覚

  昨日、東讃岐を歩いたには、水利技師・弘法大師に会いに行く気持ちもありました。  ですから、山嶽地を選ばずに、平地を目指したところがあります。


   往き道の列車の中で、いにしえ人の方位に対する感覚や、その測り方を考えていました。  直角の作り方には、先に記した、
  1)紙(布)を2回畳む、
  2)コンパス様なもので作る(菱形の対角線は直行する)、
  3)[仮説ながら]3:4:5の三角形による ・・・などが考えられます。  
一旦、南北軸が決められたら、
  4)朝方と夕方で、太陽の影の長さが等しくなったときの影の先を繋ぐ・・・ 
方法もあり得ます。  この方法では、時刻として正午が判る正確な時計があれば、南北軸も決めることができます。  この、時計と天文学の後先を巡る論議は、いたちごっこですから、時計=日時計は少し後で確立される知識としておきます。(現代人は当たり前だと思っていますが、時計の役割には、「時間差」を知ることと「時刻」を知ることの2つが要求されるのです。 水時計は、かなりの精度で「時間差」を教えますが、「時刻」は教えてくれません。)


  さて、「春分・秋分には太陽が真東から昇る」 ということは、基本的経験則として古くから知られていたとするのは常識でしょう。  しかし、わが国のような山や丘に囲まれた地形で、「日の出」/正確な 「春・秋分」/「夜と昼の長さが同じ」 がどのように認識されたかは疑問です。  特に、「渡来人技能者集団説」 では、「渡り職人」が各地固有の状況をどう織り込んでいたのでしょう?
  それに対し、「夏至」/「冬至」 の認識はもう少し判り易く、一般農耕者にも早くから判っていたでしょう。  実は、このことに昨日気づきました。  つまり、日の出の方位が 「北」 にずれる、その極限が 「夏至」 で、「南」にずれる極限が 「冬至」 です。  単なる計測論からしても、「平衡点」 は決めがたいが、「極限点」 は決め易いのです。


  この稿の小さい結論は、方位の決定には
  A)北辰による南北軸決定、を第一の手法とし[これなら、2~3夜待てば決定できる]、次の順位として
   B)「夏至」/「冬至」の知識を基準として東西軸を決める・・・ その後何らかの方法で直角の技法を適用する・・・ であった。  恐らくそうだったと暫定結論するのです。

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