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石のしるべ~里程標~

 暫らく放置していましたが、『極道な唄』の画像庫として使用再開します。  宜しく。
  最近の、専らの興味は、石のしるべの内、明治初期の国の(新政府の)道路行政の混乱と収束の調査過程の記載にあります。 必然的に江戸期にも踏み込みます。 あ、対象地域は断らない限り岡山県下、更に絞り込めば備前備中の南部です。

  岡山から南の方に進む 「金毘羅往来」 と呼ばれる道があります、他にも下津井・讃岐金毘羅を目指す標準的な「金毘羅道」はありますが、ここで述べるのは、明治一桁からせいぜい二〇年迄の時代に『国道』の地位を争った2ルートのひとつです。 事実、写真(昭和40年新聞記事)の石柱の道は『明治国道31号(M19布達)』に相当する道と考えられています。

岡山から壱里

なお、この石柱の10~20m左に「新道」が付けられており、柱は消滅寸前です。 昭和50年代ごろには消えたようで、収納先を現在探索中です。
「距岡山元標壱里」と読めるようです。 左面に刻字はないようです。 設立年/設置者は不詳です(通常裏面に 明治○○年岡山縣 と彫られる)。 類例はどこにあるのか、「弐里」は有るのか無いのか探索中です。
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