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発掘結果 0

  埋蔵文化財調査、早い話が、発掘成果についても順次書いてゆきます。

  発掘の報告書は実に詳細に書かれていますが、一般的には、その位置を緯度経度に直すのは困難です。  ここでは、中でも、判り易い例を示します。
  「津島遺跡を探る2」(岡山県教育委員会 2001年)の裏表紙にいわゆる「桃太郎スタディアム」の平面図があり、同書のp27に「大溝」の図面があります。  前者のコピーを示します。

  MomoStadium40.jpg


  ここで、赤字のAで示したのは、Y=0 ラインで、「岡山放送KK」の南門前を横切る里線と考えられます。  Bで示したのは、この図では西方面が判り難いが、Y=+1 の坪境線と思われるものです。
  青字のC(Canal)が、発掘された「大溝」の南端を示しています。  この北側に、南北幅10m程度で横たわっています。  発掘記録では、「最大幅12m」。
  もう少し直感的な表現をすると、青字の矢印の先に、平面図では「欠け残った櫛の歯」のような突起に描かれているのが試掘ピットです。  その下端(南端)が溝の南縁で、そのピット2幅分ほど北に北縁があると理解してよろしい。
  1)(岸壁が崩れたと理解しても)予想以上に幅が広い。
  2)矢印Aの「道&南側の用水(併せて 目測5~6m)」と比較して、2倍程度の幅を持っている。
  3)「大溝中央線」と地表の「用水の南縁」が一致する配置になっている。
  4)「1坪」北の小径の関係を図から読み取ると、「溝中央」から102~105m北に位置する。
  5)矢印Aと矢印Bの間の距離をWeb地図で読み取ると、95m(最大98m)の値が得られる。

などが読み取れます。  これらの結果からでは、基準ラインを「大溝」中央に考えるか/北縁か/南縁か の詳細な検討は先に延ばします。 しかし、単体ごとの読み取り精度を考慮したとき、相互の矛盾は誤差の範囲に収まりそうです。
  なお、上記の 「 5)」は109mゲージを採用するときは厳しいが、Y=+1ラインは、この近傍では5m程度蛇行していることを考えれば、許容の範囲とできるでしょう。

  この「大溝」の約1km東方に「藪ノ内の大溝」が発掘されているので、その資料を解読中です。

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  今は、南北線を論じていませんが、上に掲げた図で、「岡大南北道路」の南端が表示されていることは、オマケの情報です。

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  日を改めて、[06年1月14日]書き継いでおきます。  「桃太郎スタディアム(予定地)」の下から掘り出された「大溝」は、実は予測されていました。  同じ、岡山県の報告書シリーズに依ると、その西方およそ50m/200mのところに、試掘トレンチT11[1998年]/T13[1998年]があって、その両方で、狭い幅の東西溝が発掘されています。  いずれも当時、「条里溝」と理解されていました。  3ポイントは、充分な精度で、東西方位の上にあると報告されています。(筆者は未だ報告図面を計測してはいません=>「発掘結果3」参照)
  県の報告書に依ると、これらの3ポイントを結ぶラインは「武道館」の市女笠ドームの先端の僅か[描線幅程度の差異で]南を通ると報告されています。  西に進むと、地表の遺構「通用路&用水」に繋がります。

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