FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

発掘結果 2

  旭川に「岡北大橋」を架橋するために、「万成国富線」が整備され、そのときに、「北方藪ノ内遺跡」が地表に出ました。

  県教委の「津島遺跡(2004)」に、そのとき発掘された「東西溝(長さ約60m)」の写真が掲載され「条里溝」と判断された旨が記してあります。  原・調査報告書の眼を通さないで書くのは、気が早すぎますが、写真と(筆者が熟知している)現地の風景とを併せて考察すると、溝の南北位置は、緯度で、34.681041~.681102 程度の値であると読み取れます。 (発掘東端の東経は 133.929505 付近)
  ちなみに、このX=0 ラインを想定させる地表遺構の東端(大和町)は、北緯に関しては 34.681164 と読み取られ、岡山放送南門前が .681129、53号線に突き当たる点で .681102、西へ進んで運動公園西端では .680846 を示します。
  写真の視線の先には、「大和町ポイント」が明瞭に写っています。  幅は目測で5~7m程度と読めますが、後の報告書調査では、「幅~10m、深さ1.5m」と記載されています。  「大溝」と言うに相応しいサイズです。

  なお、「武道館の市女笠頂点」は、34.680855 を示します。 [いずれも、06・01・14 再読み取り]

==
  なお、「M31年地形図」では、「中井」の集落は記載されていますが、発掘されたものに相当する溝(用水)や道は記載されていません。
  国土地理院提供の閲覧サービスに『国土変遷アーカイヴ』というのがあって、結構古い空中写真が提供されています。その中に、1947年に進駐軍(連合国軍)が写した写真があります。 これh、事実上、利用できる最古の空中写真(航空写真)です。 それによると、上記の道は、岡山放送方面から東進するとき、今の県21号=岡山美作線を超えて、更に100mほど進み、西川に突き当たる前に北へ折れて、中井(北方・中井町)の集落に入ってゆきます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ラスカル君

Author:ラスカル君
ブログ『極道』へようこそ!
予測を裏切る可愛い顔ですみません。
大昔、某私大の学生さんが、更に
20年前を想像して書いてくれた、
『Y教授の若い頃』

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。