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2進法?4進法?

  先に、6進法? について書きました。  この時代の数理的な思考構造を考えるとき、「都」の構造の考察は避けて通ることは出来ないでしょう。

  取り敢えず、往時の「都」の寸法や構造に言及した、手許の資料は2つだけあります。  ひとつは、先に記した、岡大中央図書館で偶然に発見した、神吉和夫氏の神戸大学博士論文です。  これは、寸法・構造の記述もさることながら、道と溝の関係に触れていることが特徴的です。
  もうひとつは、最近購入した、放送大学叢書#3035 白石太一郎氏の『考古学と歴史』です。  これには、引用ながら、藤原京[694年]/平城京[710年]の復元図(案)が縮尺寸付きで掲げてあります。  加えて、古代寺院の敷地図も示してあります。
  ここでは、これらの資料から、「都」の基本構造と特徴的な寸法を割り出す積りです。

  2進法? 4進法?
  藤原京/平城京 のいずれにおいても、街路網の最小構造は1X1のセルではなく、4X4のモジュールで出来ていると見るのが正解です。  例外や、意図的なバリエーションもありますが、「条大路」(東西線)と「坊大路」(南北線)の中央に「小路(中)」を持ち、「大路」と「小路(中)」の間にも「小路(小)」が引かれています。
  また、全体構造で見るときも、「坊・条」の区画を単位にして、藤原京では、10X10の構造であると考えられています。  ただ、この都では、「藤原宮」が中央に配置され「2坊・2条」の大きさを占めるので、また、もう一つの事情を考慮に入れるとして、「宮」の属する縦横のベルト地帯をエクストラ域と見れば、8X8の「大構造」が見えてきます。
  「もう一つの事情」と名付けたのは、「坊大路」の命名に見られます;-  つまり、およそ全ての「都」には左右あるいは東西の対称性を秘めていますから、中央に「朱雀大路」が置かれます。  また、この場合の「坊大路」の番号付けは、中央から外へ東一、東二/西一、西二と付けられています。  藤原京で朱雀大路の両側[そく]を除くと、一から五まで、正味スパンは4モジュール分です。

  このように見てゆくと、2進、4進構造が見えてくるのです。  「平城京」について調べる前に、筆者が、なぜこのことに拘るかを述べておきます。
  二つあります;-
ひとつは、条里のメッシュは6坪=1里 の構造をしています。  今のところ、「里」より大きい「大構造」は見えていませんが・・・  それだけでなく、長さの1坪=60間 というのも気に懸かっています。
  もう一つは、ある特定の「里」のメイン・ラインは「周辺線」なのか? 「中心線」なのか? という問題です。  これは、最初に「条里ライン」を施行するときの作業工程にも多いに関係します。
  その辺りの基本概念と「都」を創るときの基本概念が同じか? 異なるか? は大変重要なのです。

  元に戻して、「平城京」を見てみましょう。  この場合も、4セルX4セル構造のモジュールが見て取れます。  「平城」は「藤原」に較べると、メッシュに過不足があるようですが、基幹構造部分だけを述べると、南北9モジュールX東西8モジュールで、ここでも「藤原」と違います。  違いの元になる要素の最大のものは、「平城宮」は北端に置かれ、4進法原理が崩れたのかも知れません。  少し強引に言えば、「一条大路」北大路と南大路があって、そこにエキストラ性が秘められているようで、それをディスカウントすれば、南北は8スパンになります。
  平城以降の「都」で、南面/北面 の意識が強くなり、「南北」の対称性が崩れたことにも眼を向ける必要があるかもしれません。

  いずれにしても、「6進法」の影は見つからないのです。

  基本寸法の検討
  さて、図に示されている1kmの尺度で計ると、藤原京の1モジュールは約526mとなり、平城京からは533mの値が得られます。  若し、1尺=29,5cmを採用すると、各々は1780尺/1810尺になります。  一つのセルの大きさは、それぞれ、445尺=74間(?)/453尺=75間(?)が得られます。  (ここで、有効数字は3桁あるごとくに書いていますが、実質は2桁程度でしょう。)
  「藤原京」の基本寸は大尺=1.2小尺で計測すべしという議論があるのは承知していますが、ここでは深追いは止めておきます。

  なお、二つの都を南北に繋ぐ道 「下ツ道」、「中ツ道」との関係が示してあって、藤原京では東西の二坊大路に結ばれ、平城京では朱雀大路と東四坊大路の1セル西辺りに結ばれると理解されているようです。
  2本の道の間隔は、別の出典で(05/11/01 記事)、2.1kmと言われています。  この値を採用すると、藤原京のモジュール:525m、平城京のモジュール:560m[過大か?] が得られます。

  これらの数値は、原典で当たったものでなく、概算値です。  引用資料(二次資料)依存だからです。  参考のために示しています。
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