FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旧・帝国陸軍の門柱

  旧・帝国陸軍敷地の門を記録に止めておきます。

  現在の岡山大学(津島)の通称「理学部 門」ですが、開学以来、構内工事などのとき以外は恐らく開かれたことのない代物です。  陸軍時代/連合国軍の接収時代 の状況はわかりませんが、門柱は往時のものと思われます。  扉は、明らかに、岡大になってからのものです。
  筆者の記憶では、かつての「岡大東門」が同じ材質・構造の門柱を持っていました。  歩哨舎も備わっていました。(「東門」は現在の通称「教育学部・工学部 門」と違って、東西に走るバス路線を東で抑える形に、東を向いてありました。  『大学闘争』の季節に、不幸な事件の現場になったところです。)
      
    gate_sci32.jpg


  位置は、座主川の直ぐ北ですが、東西位置で言えば、X=+2 の20m程度東で、このラインの代償物と思われます。  X=+2 のラインは、M31年地形図では、この辺りで、主要な南北道(道単独)の一つです。  地形図が作られて約10年後に、この地域は陸軍施設で覆われるわけです。

  近々、このゲート周辺が改修される噂があるので、記録に止めておきます。 [06年1月18日 筆者撮影]


  2月上旬に、このキャンパスの裏で、同種の門柱の部材を分解したものを発見しました。  『昭和30年代に、市営住宅 (北斗住座) を建設したときに周辺道路が拡幅され、撤去された』 という伝聞を教えられました。
  脳内の VIDEO 影像を捲き戻すと、筆者には該当する門の記憶がありますが(大謎)、津島キャンパス北団地 (法経文学部敷地部分) の西北隅から約100M南に下った位置に西に向いて開口していたものに相当すると思われます。(往時の市販地図に記載されています。)

20060527173420.jpg

20060527173358.jpg

  
  上の写真と同じ部材であるのが判ります。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ラスカル君

Author:ラスカル君
ブログ『極道』へようこそ!
予測を裏切る可愛い顔ですみません。
大昔、某私大の学生さんが、更に
20年前を想像して書いてくれた、
『Y教授の若い頃』

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。