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南方・津山線沿線

  橋梁と踏切の踏査結果を述べます。

  結論を先に述べると、JR吉備線での「地名収集」成果に較べて、得るところは少なかったと言わねばなりません。  つまり、踏切名は駄目押し状態で、写真収録でした。
  橋梁(開渠)類については銘盤がないものが殆んどでした。  僅かに、「座主川橋梁」の写真収録と、以前から懸案になっていた「踏切の化石」の確認が大きな成果でした。
  この化石は、「こどもの森」東方で、「坪線」の中央線に位置しますが、事実上閉鎖された踏み分け道でした。  ただし、両側に溝付きの畦道が残されていて、東側は舗装されており、西側は新築の家の鼻先では、丁重に整地されていました。 溝には「鯉堂 開きょ」が架かっていましたが、名前の由来は不詳です。

  追加的には数箇所で、「旧町名」を表示するアイテムを写真に収めました。  例えば、町内会設置の「消火器」に付された旧町名です。  せいぜい戦前か敗戦後にしか遡りませんが、これは新しい着目ポイントです。  従来は「町内掲示板」の旧町名に眼を向けていました。

    minamigata16.jpg
 南方中道町内会

  新規の町名の発掘ではありませんが、琺瑯看板収集者にはタマラナイ「旧町名表示」盤を写真収録しました。  詳しいポイント、たった20文字で説明できますが、教えることは出来ません。

    m_kanban16.jpg

  琺瑯町名盤「南方」
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